2011年5月2日月曜日

書評-『ユニクロ帝国の光と影』②

ユニクロの発展の歴史は次のようなものです。

柳井正氏の父親が山口県宇部市で小郡商事を創業。

1972年に柳井正氏が小郡商事に入社。

1984年、ユニクロ1号店を出店。柳井氏が代表取締役となる。

1991年、社名をファーストりテーリングに改称。年30店舗出店で3年後に100店舗を目指す。

1993年、ユニクロのチェーン化が完全に軌道に乗る。

1994年、直営店が100店舗を超える。広島証券取引所に上場。

1997年、東証二部上場。

1998年、「ABC改革」スタート。フリースブーム到来。

1999年、東証一部上場。

2000年、東京本部開設。売上高約2300億円、経常利益約600億円。SPAとしての形が完成。フリースブーム終焉。

2002年、柳井正氏が会長になり、玉塚元一氏が社長となる。

2003年、フリースブームの反動が底を打つ。カシミヤ・キャンペーが注目される。

2005年、玉塚氏が社長辞任。柳井氏が復帰。

2009年、リーマンショック後に低価格路線が評価され業績急上昇。

2005年以降は、東京の銀座、ニューヨークのソーホー、ロンドンのオックスフォード・ストリートといったファッションの中心地に大型店を出店していった時期です。

ユニクロはこのように宇部市の安売り専門店からグローバル企業へと羽ばたいていったわけです。

次に、ユニクロのアパレル産業におけるポジションについて見てみます。


(浅沼 宏和)