2010年3月29日月曜日

閑話休題-世阿弥の『風姿花伝』

東洋経済2010.4.3号に世阿弥の名著『風姿花伝』の解説がありました。

「一生ものの古典」という連載の25回目の特集です。

ビジネスパーソンはキャリアが長くなるほど一般教養的な力が必要とされることから、こうした連載がなされていると思います。

風姿花伝は学生時代に読んだきりですし、当時の理解力ではとても身についているとは言えませんのでこうした特集は役に立ちます。以下、概要を述べます。

風姿花伝は室町時代に書かれた能の修行や演出に関する方法論をまとめたものです。
しかし、その内容が物事全般に上達していくことに応用できることから読み継がれているわけです。



・物事に上達した人を「達人」といい、達人より上の技能を持つ人を「名人」と呼ぶ。達人から名人へとさらに自らの芸を磨くことの重要性を指摘する。

・新しいことを学ぶには徹底的に良いものをまねるとよい。些細なことでも写実的にまねてみよという。写実を行うことで本質が身についてくる。

「学ぶ」「真似ぶ」に由来する。学びの精神のもとはまさに真似る精神である。

・モノマネを謙虚に続けていくと最後には似せただけのレベルをはるかに超えた境地に達する。これを「似せぬ位」と表現する。

「秘すれば花、秘せねば花なるべからず」という有名な言葉は、秘密にしておくから素晴らしいのであり、公開してしまえば花ではないという意味。
芸能では一子相伝という戦略的概念があり、最も大事な奥義は公開せずに、一人にだけ口伝えする方法をとる。
世阿弥の風姿花伝も明治になるまでその存在が公にされず秘密裏に子子孫孫伝えられてきた。

「離見の見(りけんのけん)」を重視する。役者が能を舞う最中には自分を冷静に見る別の自分が必要であり、能舞台すべてを一望するような別の意識を持つことが大切という意味。

「時分にも恐るべし」という。つまり時機や時の運が非常に大切ということ。上昇発展期には得意の演目を派手に披露するのがよく、反対に時の運が下降している場合は、あまり目立たない演目で控えめに見せることを推奨している。

・世阿弥は「勝負」という言葉をよく使う。優美な芸術も実は勝負の世界のものである。能が社会で正当に評価され、長い間維持されるためには兵法に劣らぬ戦略・戦術が必要であった。いくら優れていても世間で評価されなければ意味がない。



このように風姿花伝は芸のパフォーマンスの向上からブランドの確立・維持というマネジメントレベルの戦略が織り込まれている名著であったために、現在でも広く読み継がれているわけです。