本書は良い点と悪い点があります。
まず良い点としては企業戦略というものの定義を明快かつわかりやすく書いている点です。
戦略論を読みなれている私が読んでも学ぶべき点は多かったです。
まず良い点の概要を示します。
・戦略とは、最小投入で最大成果を生む方法である。
・戦略のない会社が多いからこそ、戦略が必要になる。
・「売上をいくらにする」というのは戦略ではなく、単なる努力目標設定にすぎない。
・中小企業が「当社は人で差別化しています」というのは、せいぜい「ハキハキしている」「あいさつがいい」程度のものでしかない。それは当たり前のこと。
・会社は勝たなければいけない。会社の実態は人であるから、何年も停滞するわけにはいかない。
・戦略の独自性とは「他社がやらないこと」をすること。
・大手企業は行き詰っている。業界NO.1だけしか生き残れない。
・中小企業はもともと小さいマーケットを相手にしていたので横並びでよかった。これからは違う。
・他社がやらないこととは独自ドメインを設定すること。
・ドメインとは事業領域、戦略領域、事業分野などと言い換えられる。
例1、アメリカの鉄道会社は自社ドメインを「鉄道事業」としていたため失敗。「輸送事業」と考えていれば違ったはず。
例2、かつて日本の映画会社は自社ドメインを「映画事業」としていたため失敗。「エンターテイメント事業」ととらえるべきだった。
・ドメインには商品・サービスに注目した物理的ドメインと機能・効用に注目した機能的ドメインがある。
・戦略の基礎は機能的ドメインを設定すること。
・戦略はある程度軌道に乗るまでは既存社員で頑張るのがよい。
・社内向けメッセージと社外に発するメッセージは違う。顧客や取引先にはきれいにデフォルメしたメッセージを送る。
・メール、ブログ、ツイッターによる情報発信はいずれ訪れるブレークスルーのための下積み。
・戦略には正解がない。だから検証が必要。
・検証は早ければ早いほどよい。
・一度決めたことは何としてもやりきるという強いリーダーシップが必要。
といった感じです。
長尾氏は戦略ドメインの定義の由来は1960年にハーバード大教授のセオドア・レビットが書いた論文によると述べていますが、ドラッカーはそれより6年早く事業ドメインについて述べています。
学会ではレビットが初めてなのですが、実務界ではドラッカーのほうが早く影響力もあります。
また、次に悪い点を書きます。
長尾氏が本書で具体的にあげている戦略がよくありません。
長尾氏はバランススコアカードを使っているのですが、内容が陳腐です。
具体的には
鮮魚店を戦略ドメインとして「メタボ対策事業」としたうえで、
財務の視点: 売上高50億円、経常利益2億円
顧客の視点: 「おいしい魚が食べたい」「健康にいいものが食べたい」「ダイエットしたい」「かっこよく行きたい」
業務プロセスの視点: 鮮度アッププロセス、メタボ・健康レストラン開発、健康研究プロセス、フィットネスクラブ開発、ファッションアドバイスサービス
人材と変革の視点: 鮮魚スペシャリスト養成、店舗運営ノウハウ確立、フィットネスクラブのM&A、ファッション専門家人材育成、
となっていて下から上へと因果関係が結ばれることになっています。
今度学会発表する予定ですが、バランススコアカードの因果関係には無理があります。
特に顧客の視点から財務の視点への因果関係には飛躍があります。
結局そこの論理があいまいなので、実現可能性に「?」マークがついてしまうわけです。
このバランススコアカードの構造的な問題点についてはまた改めて書きたいと思っています。
また長尾氏は自身のコンサルティング会社の20年後のビジョンとして
顧客数40万社のコンサルティング会社という目標設定をしています。
これは不適切な目標設定です。
日本の法人企業数は約200万社(青色申告法人ベース)で、その20%を囲い込むということです。ほぼ独占企業体になろうとするということになります。
ドラッカーは業種によって適正規模が異なると述べていますが、コンサルティング会社の適正規模ははるかに小さい規模です。
問題解決方法、戦略設定方法には好き好き、や向き不向きがあります。それにもかかわらず20%のシェア設定をすることは現実味が乏しいと思います。
例えば私がラーメン屋を開業するとしてシェア20%をとることなど不可能です。飲食店などが他社を圧してシェア20%などはありえません。好みは人それぞれですから。それと同じことだと思います。
これだけ戦略について分かりやすく説明できる長尾氏の戦略事例に魅力が乏しいのは不思議な感じがします。