2010年1月31日日曜日

書評 「まず、ルールを破れ」

マーカス・バッキンガム&カート・コフマン『まず、ルールを破れ すぐれたマネジャーはここが違う』日本経済新聞社、2000年  定価1,680円

この本はドラッカー度数90%以上です。ドラッカーのヒトのマネジメント理論とほぼ同じですが、より噛み砕いてあります。

内容は以下の通りです。

優れたマネジャーには次のような考え方がある。
「人はそんなに変わらない。足りないものを植え付ける努力はするな。その中にあるものを引き出せ」
マネジャーの役割は部下の才能をパフォーマンスに結びつけることだ。そのために必要となる行動は 人を選ぶ 要求を設定する 動機づけ 育てる の4つである。


1、人を選ぶ
常識では人材を経験・知識・意志の強さで選ぶことになっている。しかし、職務で必要なのはその仕事特有の「才能」である。
看護婦の思いやり、販売員の積極性は後天的には身に付かない。才能は身に付かない。
優れた仕事のための才能には「努力する才能」「考える才能」「人づきあいの才能」がある。人はこの3つの才能を独特に組み合わせている。

2、要求を設定する
マネジャーの仕事は部下をパフォーマンスの達成に専念させること。
そのためには成果を適切に定義し、各人がその成果・目標に向かって自分なりの道筋を見つけるように仕向ければよい。
そして成果を定義するとは「顧客に取って正しいものとは何か」を考えて指針を作ることである。

3、動機づける
そのためには部下の強みを生かさねばならない。個々の強みを見つけ、それを生かし、そしてその目標を達成できるように持っていくことが最も効率的な方法である。

4、育てる
マネジャーの責任は、部下を一番成功するチャンスの大きい職務につけることだ。そのためには人を昇進させる前にその職種に必要な才能を吟味する必要がある。

部下に何をすべきかを考えさせる、顧客にとって正しいもの、強み などはドラッカー読者にはおなじみの概念ばかりです。

ドラッカーの「人と仕事のマネジメント」といわれる分野を忠実になぞった本であると言えるでしょう。

この本が典型的ですが、結構売れているビジネス書の多くがドラッカーの影響を受けています。

こうした本を読むとドラッカー理論の再確認になりますので、それはそれで意味があることと思います。

2010年1月30日土曜日

経営者のやるべき仕事の大変さ

小企業であっても経営者は明確で具体的なマネジメント活動を行う必要について書きました。

経営者の役割について考える場合、課題は企業によって違っています。その課題を導き出すための視点は次のように自問自答することであるといいます。

「会社の勝ち残りに必須の課題のうち、経営層にしか対処できないものは何か?」

「事業全体を眺め、現在と将来のニーズを調和させ、的確な最終判断を下せるのはだれか?」
   (『マネジメント 務め、責任、実践 Ⅳ』p.29)

ドラッカーは、理想的な経営体制を議論することにはあまり意味がないといいます。
その時々で自社にとって適切な行動をとるのが理想的な経営トップなのです。

必要なのは個々の企業の具体的分析に基づいた、その企業の実情に合った理論でなくてはならないということです。そして何より戦略との調和がとれていなければならないのです。

こうした仕事を適切にこなすためにはかなりの力量が必要です。

天才的な感覚で商機をつかむというような経営スタイルをドラッカーは否定しています。
着実で困難な膨大な作業を根気よくこなしていく能力こそ経営者に求められているということであると思います。

ドラッカー的な経営とは、経営者が頭と感覚を酷使することが大前提になっています。

この苦労に耐えることが経営者に必要とされるわけですね。

2010年1月29日金曜日

トップマネジメントの役割 -小企業の困難さ

小企業においてもトップマネジメントの仕事は大企業以上に明確に行わねばならないとドラッカーは言います。


会社のミッション・ビジョン・ゴールの設定と実行(いわゆる『戦略計画』の作成・実行)以外のトップマネジメントの主な仕事は以下のとおりであるといいます。


組織を作り上げ、それを維持する役割‥明日のための人材を育成すること、トップの価値観を示し組織の基準とすること、組織構造を設計すること


渉外の役割‥顧客、取引先、金融機関、政府機関などとの関係を取り結ぶこと。


儀礼的役割‥規模の小さい企業ほど逃れることのできない時間のかかる仕事となる。


重大な危険に際して自ら出動する役割


あらゆる組織においてトップマネジメントの機能が必要です。その具体的な仕事内容は組織によって異なります。それを具体的に決める基準が次のようなものです。

組織の成功と存続に致命的に重要な役割を持ち、かつトップマネジメントだけが行いうる仕事は何かである。  (『エッセンシャル版 マネジメント』p.225)

またトップマネジメントの役割をこなすために、少なくとも4種類の性格が必要となるといいます。

それは「考える人」「行動する人」「人間的な人」「表に立つ人」です。ドラッカーはこの4つをすべて持つ人間はいないと指摘するのです。

したがってトップマネジメントの役割は分担される必要があるというわけです。


零細・小企業の難しさの一つは、トップマネジメントにある人間が4つの性格をすべてそろえることが困難であることでしょう。

本来はせいぜい一つの性格を体現するのが精一杯のところを、その他の性格については弱点にならない程度に補う必要があるということでしょう。

トップマネジメントの役割について、よくリーダーシップという言葉でくくられがちです。
しかし、ドラッカーは「リーダーシップとは仕事である」と表現しています。

つまり、リーダーシップというものが、立派な見かけと話し方を身につけ颯爽と振る舞い、部下を人格的に圧倒して率いていくというものではなく、具体的な行動であるということです。

トップマネジメントは豪華なデスクの前にじっとすわっているのが仕事なのではなく、そのなすべきことを具体的に実行しなければならないということです。

小企業の場合、トップといえども現場の仕事にかかわる場合も多いでしょう。しかし、トップ本来の仕事は別にあるわけです。それを果たすことこそが優先されるべきでしょう。

2010年1月28日木曜日

ドラッカー経営の実践者―ユニクロの柳井正社長

先日、中堅ゼネコンのT社社長からユニクロの柳井正社長のインタビュー記事のコピーをいただきました。トピックな内容なので予定を変更してこちらを先にご紹介します。

週刊現代の1月30日号に掲載されていたものです。

ユニクロの柳井社長はドラッカー経営の実践者として有名ですので、言葉の端々が「ドラッカー的」です。

・われわれは「あらゆる人によいカジュアルを」という基本方針に基づいて付加価値を追求し、よい商品を適正な価格で売っている。しかし、他社は「値段の安い商品が売れる」と勘違いしている。

・もともと小売・繊維業は万年不況業種。だからわれわれは過去を否定し続けて新しい産業を作ってきた。

・ほとんどの経営者は「不況、不況」と口で言うが、常日頃から不況に陥ったらどうするかを深く考えてこなかった。

・経営者は心底「儲けたい」と強く思わなくてはならない。儲けないと社員も、株主も、取引先もみんな不幸になる。

・経営者はまず、社員にミッションとかビジョンを明確にし、進むべき方向を示し、将来実現すべき目標を掲げる必要がある。そして全社員がそれを実行するようにリーダーシップを発揮する。それが経営者の一番大きな役割。

・私が社員に「何がしたいか」を聞くことはない。「あなたは何をしなければならないのか」という。使命感を意識することが大切。

・決断とは過去を否定すること、つまり経営者自身が自らを否定することから始まる。現状維持で満足してしまったらもう終わり。

・企業というのは、自分たちで変わって未来を作らない限り生き残れない。

・変わるためには決断して行動すること。経営者が変わらないと部下も変わらない。企業が変わらなければ「死」あるのみ。死ぬこと以上のリスクは他にない。だから経営者は自らを変えなければならない。


柳井氏はドラッカーを読み込んで、それがもはや自分自身の言葉となっていますね。

2010年1月27日水曜日

小企業の戦略

戦略計画の話になったところで小企業の戦略について考えてみます。

小企業とは10人超(サービス・飲食は5名超)で中心的社員数12~15名程度までの会社です。
当社では10人以下(サ・飲は5名以下)を零細企業(=限界的規模)と定義しました。中心的社員数の部分がドラッカーの定義です。

中心的社員数が少ない小売業等では社員数100名の小企業もあるかもしれません。
ですが、イメージ的には大きくても40~50名程度までの企業といった感じになるでしょうか。
一般的にいえば30人以下の会社のことでしょう。

ドラッカーは小企業について大企業の補完的存在であり、大企業以上に組織的かつ体系的なマネジメントが必要になるといいます。

本社スタッフこそいらないものの、高度なマネジメントが必要であるというのです。

小企業こそ戦略が必要であり、そうでなければすぐに限界的な存在となってしまうといいます。

ところがほとんどの小企業が戦略を持っていません。機会中心ではなく問題中心になってしまい、問題に追いたてられながら毎日を送っていしまいます。

ドラッカーは、それだからこそ小企業の多くは成功できないのだといいます

一般的に中小企業という場合、ほとんどはこの小企業の定義に該当します。ですからこそ、このポジションにいる企業がどうすべきかを考える必要があるのです。

ドラッカーは小企業がやるべきことを2つ指摘します。

①「われわれの事業は何か、何であるべきか」を問い、答えること。
②トップマネジメントの役割を組織化すること。

①は最近ずっと検討しているミッションステートメントに書くべきことであることが分かると思います。
ドラッカーはこれこそが成功のために絶対避けて通れない仕事であると考えているのです。

このブログでは試行錯誤を通じて、適切なミッションステートメントの作成とそこから戦略計画を立案、実行するためのフレームワークづくりを目指すことを主要な使命の一つとしています。

また②のトップマネジメントの役割とは何か、明日検討します。

2010年1月26日火曜日

「戦略計画」を実行するとは?

昨日、GMの失敗をミッションステートメントとの関係で少し触れました。
ドラッカーは次のように述べます。

未来は、望むだけでは起こらない。そのためには、いま決定をしなければならない。いま行動し、リスクを冒さなければならない。
  (『エッセンシャル マネジメント』p.37)

そのために戦略計画が必要であるといいます。
戦略計画が何であるかについてドラッカーは多面的に検討しています。

・戦略計画は魔法の箱や杖ではない。思考であり、資源を行動に結びつけるものである。それは手法ではなく責任である。
・戦略計画は予測ではない。未来は予見できない。予測は可能性とその範囲を見出すものだが、企業は予測の基礎となる可能性そのものを変えなければならない
・戦略計画は未来の意思決定ではない。意思決定は現在においてしかなしえない。最大の問題は明日何をすべきかではなく「不確実な明日のために今日何をなすべきか」である。
・戦略計画はリスクをなくすためのものではない。より大きなリスクを負担できるようにすることである。

こうした検討の結果、ドラッカーは戦略計画を次のように定義します。
①リスクを伴う起業家的な意思決定を行い
②その実行に必要な活動を体系的に組織し
③それらの活動の成果を期待したものと比較測定するという連続したプロセスである。

ここで、「最善の戦略計画でさえ、仕事として具体化しなければ、よき意図にすぎない。」という話につながってくるのです。

計画するだけではなく、実行し、その結果をチェックするというところまでを含めて「戦略計画」というわけです。

GMの失敗は戦略計画を仕事として具体化しなかったということであると言えるでしょう。

ドラッカー経営は大きく分けると、組織のマネジメントとヒト・仕事のマネジメントという2つの側面があります。
このブログではずっと組織のマネジメントを扱っています。そしてその最大の目的は「戦略計画を実行する」ということの意味を明らかにすることにあります。

ドラッカーの理論は哲学的な面も多分にありますし、理論体系としても大きなものですので、部分的な検討を積み重ね、それをまた再検討しというプロセスを繰り返す必要があると思います。

2010年1月25日月曜日

ミッションステートメントの事例-GM


ゼネラルモーターズのミッションステートメントです。
世界一の企業でありながらマネジメントに失敗し破たんしてしまいました。



≪GMのビジョン≫

GMのビジョンは輸送機器とその関連サービスに関して世界のリーダーになることです。われわれは、GM社員の誠実さ、チームワーク、イノベーションによる継続的改善を通じて顧客の熱い支持を獲得します。

≪中核価値≫
中核価値とはわが社がよって立つもの、組織のすべての人が分かち合うものです。

顧客の熱い支持:われわれは熱狂的な顧客を生み出すような製品とサービスにわれわれ自身をささげます。顧客にとってよいことを行うことをためらう者はおりません。
誠実さ:われわれはわれわれの行うすべてについて正直であり信頼されるようにします。われわれは信じることを発言し、言ったことを実行します。
チームワーク:グローバルなリーダーシップに焦点を当てたGMのチームとして共に考え行動することで勝利を得ます。われわれの強みは高度なスキルを持つ人々とその多様性です。
イノベーション:われわれはライバルたちよりも早く、習慣的な考え方にチャレンジし、新しい技術を発展させ、その出所を気にしないで新しいアイディアを適用します。
継続的改善:われわれは野心的な目標を設定し、それに背伸びして合わせようとし、その上何度も何度もバーを引き上げます。われわれは良好な学習環境の下でそれがより良く、より早く、より効果的に行うことができると信じます。
個人の尊重と責任:われわれは相互を尊重し、責任を持って行動します。そうすることでわれわれは共通のゴールに向けて共に働くことができます。

≪会社説明≫
ゼネラルモータース社は世界最大の自動車メーカーであり、1931年以来世界で最も多くの売り上げを記録し続けてきました。1908年に設立され、今日では世界で約325,000人を雇用しています。世界32カ国で生産される車両は世界200カ国で売られています。

見事なミッションステートメントであると思います。
内容が明瞭で一貫性があります。
ご紹介した他社のものに比べても出来栄えがいいと思います。
 
問題はこれだけの素晴らしいミッションステートメントが実行されず、破たんに至ってしまったということです。
 
ドラッカーは、どれだけ素晴らしいプランであっても実行されなければ単なる良き意図であるにすぎないと言っています。
 
GMの最大の問題点は実行力にあったと言えるでしょう。

2010年1月24日日曜日

ミッションステートメントの事例-コカコーラ社


コカコーラ社のミッションステートメントです。


≪コカコーラ社の約束≫
コカコーラ社は、それに触れるすべての人に恵みをもたらし、リフレッシュさせるために存在しています。
われわれのビジネスの基本的な提案はシンプルであり、手堅く、時代を超えたものです。
われわれはわれわれのステークホルダーたちにリフレッシュ、価値、喜び、楽しみをもたらすことで、われわれのブランド、とりわけコカ・コーラを上手に成長させ、守っていくことになります。
われわれのビジネスの所有者たちに魅力的な配当を継続的に提供することは、われわれの究極の義務を果たすためのカギとなるでしょう。

≪企業の説明≫
コカコーラ社はノンアルコール濃縮飲料とシロップについて世界最大の製造業者、卸売業者、マーケッターです。

このように、コカコーラ社のミッションステートメントは説明調になっています。

これはコカコーラ社の企業の方向性が非常に明確であるため、細かいパーツに区分けして説明する必要が少ないことが理由のように思えます。

また、コカコーラはすでにブランドが確立されていますから、そのブランドイメージを損なわないように慎重に行動していくということが主眼であるということだと思います。

コカコーラという世界最強のナンバーワン商品を持ち、企業のブランド価値だけでも10兆円以上と評価されている企業であるからこそ、そのブランドが維持しようとするイメージを語りかけるように説明することができるのではないかと思いました。

2010年1月23日土曜日

ミッションステートメントの事例-アンハイザー・ブッシュ社

アンハイザー・ブッシュ社は、バドワイザーで有名な世界第三位のビールメーカーです。


≪ビジョン≫
われわれの製品、サービス、結びつきを通じて、われわれは生活に楽しさを加えてゆきます。

≪ミッション≫
・世界的なビール会社であること
・世界中の観客を豊かにし、楽しませること
・ステークホルダー(株主、社員、取引先などの利害関係者のこと)により多くの利益を届けること

≪バリュー≫
・われわれの行うことすべてにおける品質
・顧客の期待を超える
・われわれのすべての関係、結びつきにおける信頼、尊敬、誠実さ
・継続的改善、イノベーション、変化
・チームワークとオープンで正直なコミュニケーション
・会社の成功に貢献することへの各社員の責任
・安全で生産的で価値ある職場環境
・高いパフォーマンスを生み出す多様なチームを作ること
・われわれの商品の信頼できる消費を促進すること
・環境を育成・保護し、われわれがビジネスを行うコミュニティを支援すること

≪会社の説明≫
ミズーリ州セントルイスに本拠を置くアンハイザー・ブッシュ社は、米国のビール市場の50%を占めるリーディング酒造メーカーです。‥‥‥

バリューの内容の具体性が高いミッションステートメントですね。
これならば社員が何をするべきなのかがかなりわかりやすいと思います。

「会社の成功への各社員の貢献の責任‥」の部分は極めてドラッカー的であると思います。

ミッションステートメントというものは、実際にそれに基づいて行動しなければ全く意味がありません。

組織は同じ価値観を持って仕事をしていかなければ大きな価値を生むことはできないことは直感的にわかると思います。

たとえば、「成果」という言葉一つとってみても会社の考え方は違うわけです。

目指すべきものを明確にすることは会社発展の大前提であると思います。

2010年1月22日金曜日

ミッションステートメントの事例-アムジェン inc

トップ企業101社のミッションステートメントを集めた洋書を購入しました。

これから私が気になったものをご紹介していきます。

アムジェン社は社員数2万人の世界的なバイオ医療品メーカーです。

同社のミッションステートメントは以下の通りです。

≪ミッション≫
患者様のお役に立つこと

≪われわれの抱負≫
われわれは最高の人間治療学カンパニーであることを切望します。われわれはアムジェン社の価値を体現し、人々の生活を劇的に改善するために科学とイノベーションを使います。

≪バリュー≫
・科学的であること
・厳しく競争し打ち勝つこと
・患者、社員、株主のために価値を創造すること
・倫理的であること
・お互いを信頼し尊重すること
・品質を確保すること
・チームで働くこと
・協同し、コミュニケーションをとり、説明責任を果たすこと

≪企業の説明≫
アムジェンはバイオテクノロジー産業における治療学のリーディングカンパニーです。


私が簡単に訳したものですから、日本語としてごつごつしていていますが、ミッションステートメントというもののあるべき形式が少しは伝わったのではないかと思います。

私はミッションステートメントというものは社名を伏せてあっても、その会社がいきいきとイメージできるようなものでなければならないと思っています。

ミッションステートメントの書き方には会社ごとに違いがあります。それは、会社の歴史や考え方・思想といったものが反映されています。

ミッションステートメントの実例をたくさん読むと自社のあるべきミッションについて触発されることも多いと思いますので、しばらく事例の紹介を続けていきます。

2010年1月21日木曜日

ドラッカーの考える事業の定義

ドラッカーは事業を定義することの重要性を指摘します。

前回は「顧客はだれか?」という問いの意味を具体例で説明しました。この問いは事業の定義のために必要なのです。

ドラッカーが事業の定義のために考えた問いを並べると次のようになります。

①顧客はだれか?
②顧客はどこにいるのか?
③顧客は何に価値を見出すのか?
④わたしたちの事業はこのままいくとどうなるのか?
⑤わたしたちの事業はどうあるべきなのか?
⑥今の事業のうち何を捨てるべきなのか?

事業の定義は顧客からスタートするのが基本です。①、②、③はそのための問いです。
④の問いは事業の現状を知るための問いです。
⑤は具体的将来像を描くための問いです。ここから現状とのギャップを示します。
⑥は未来に集中するために必要な問いです。

これらを明らかにしなければ具体的行動に移れないわけです。

私はドラッカー経営の第一歩は ミッション(使命)、ビジョン(将来像)、バリュー(価値)の3つを明確にすることであると思っています。これらを合わせてミッション・ステートメントといったりします。

ドラッカーの著書でミッション(使命)と書かれている内容は現在の実務においては、ミッション・ステートメント全体が説明しているものと考えるれば誤解がなくなると思います。

日本の企業では「経営理念、経営方針、‥」といた並びで書かれている場合が多いと思います。
しかし、その多くが立派な言葉ではあるけれど、どこの会社にも当てはまる抽象的な内容になっている場合が多いように思います。

私は企業のミッション・ステートメントは、その内容に基づいて戦略・アクションプランを思いつけるような内容でなければならないと考えます。

ドラッカー経営においてミッション・ビジョン・バリューは、行動するための羅針盤となるものです。

ではどのような内容ならば良いかといえば、社名を伏せても、ミッション・ステートメントを読めばその会社の未来が生き生きと想像できるようなものであると思います。

欧米の有名企業のほとんどはミッションステートメントを作成し、外部に公表しています。

明日から、それらを紹介していきたいと思います。

2010年1月20日水曜日

顧客のタイプは複数

ドラッカーは事業の定義をすることが最も大切であると言っています。

そこで絶対考えなければいけないのは「顧客は誰なのか?」ということです。

ドラッカーはどの企業にとっても複数の顧客がいることに注意しなければならないと指摘します。ドラッカーの著書から事例をあげます。

事例①-アメリカのカーペット業者
1950年代初めまでカーペット業者は数十年間の長期低迷を続けていました。
業者たちは低価格住宅の見栄えや快適さを簡単に変える方法はカーペットを敷くことだと消費者に訴えてきましたが、売上を伸ばすことはできませんでした。
そこで、業者たちは「顧客はだれか?」を良く考え、住宅購入者のほかに住宅を分譲する業者も顧客と考えなければならないことに気付きました。
そして、高コストの床材の代わりに住宅建設時にカーペットで覆ってしまうビジネス・モデルを思いついたのです。
さらにカーペット代金を住宅ローンに含めてしまう仕組みも提案しました。高級カーペットを指定しても毎月のローン額があまり変わらないため、住宅購入者は比較的高額なカーペットを指定するようになり、業界は瞬く間に息を吹き返しました。

事例②-食品・雑貨等の消費財メーカー
顧客は少なくとも家庭の主婦と小売店の二種類います。
どんなに主婦の購買意欲を刺激してもお店においてなければ意味がありません。逆に主婦に購買意欲がなければお店のいい場所に商品が置いてあっても効果が薄くなります。

事例③-保険会社
保険会社は保険販売と投資事業という二種類の事業を営んでいます。ですからそれぞれの顧客は直接関連を持ちません。異なるタイプの顧客それぞれを満足させる必要があります。

事例④-銀行
これも預金者と融資先という異なるタイプの顧客がいる業種です。ですから二種類の定義が必要です。
預金者と融資先は仮に同一人物、同一企業が両者を兼ねていたとしてもそれぞれ異なる期待をもっています。ですからそれぞれ定義を設けなければうまくマネジメントできないわけです。

2010年1月19日火曜日

ドラッカー経営-利益の機能②

前回に続いて利益です。

ドラッカーは次のように述べています。

基本的な目標を実現するうえで必要な利益に欠ける企業は、限界的な危うい企業である。
もちろん利益計画の作成は必要である。
しかし、それは、無意味な常套句となっている利益の極大化についての計画ではなく、利益の必要額についての計画でなければならない。
ただしその必要額は、多くの企業が実際にあげている利益はもちろん、その目標としている極大額をも大きく上回ることを知らなければならない。
     (『エッセンシャル マネジメント』p.35)

企業の目的は利益の極大化という視点は経済学において仮定されている考え方です。

ドラッカーの利益概念は、必要額としての利益です。
ですから変な言い方に聞こえるかもしれませんが、ドラッカーは利益とは必要コストであると考えています。

少し、くわしく説明しますと、借入金がある場合には、それを返済するためには利益が必要でしょう。社員の待遇を良くするためにも利益が必要です。
社会において責任を果たすためにも利益の原資がなければなりません。
将来柱となる事業を育てるための資金も必要です。新たな設備投資に備えることも視野に入れなければなりません。

このように企業が長期的に繁栄するための視点からは、必要利益は大きなものになります。

ドラッカーは利益は目標ではなく条件であると指摘してしています。

それは、目標利益ではなく必要利益を考えることを重視するという意味です。

企業の目的は顧客の創造です。
それは、顧客の満足を最大化させる活動を目的とするということです。

2010年1月18日月曜日

ドラッカー経営-利益の機能

ドラッカーは利益の特質を4つあげています。

①利益は成果の判定基準である。
 
②利益は不確実性というリスクに対する保険である。

③利益やよりよい労働環境を生むための原資である。

④利益は、医療、国防、教育、オペラなどの社会的なサービスと満足をもたらす原資である。

このように、利益は社会的に必要不可欠なものであるので、企業は利益を上げることについて弁解する必要はないと述べています。

また、利益は原因ではなく結果であり、マーケティング、イノベーション、生産性の向上の結果手にできるものであるといいます。

では「企業の目的は顧客の創造であり、利益は目的ではなく条件である」というドラッカーの基本命題との関係はどのように考えるべきでしょうか?

個人的な意見ですが、利益は結果としては重視すべきであるが、経営活動の行動という側面からは目的とすべきではないという意味と考えます。

アクションプランの結果は最大化しつつ、その結果である利益の意義は別途にじっくりと検討すべきであるということです。

少し微妙な表現ですが、マネジメントの成果のチェックの視点としてアクションの成果と結果的な利益は別途に考えるということです。しかし、最終的には総合的に判断するということにはなりますが。

たとえてみると、野球選手の打撃の調子と打率の関係が近いように思います。
イチローがインタビューで、打率を気にするより自分のスウィングの感覚についてよく話をしているのを見ます。

もちろん、打率が落ちるのは調子が悪い結果で無視できないわけです。しかし、日常の取り組みとしては、フォームであるとかタイミングの取り方に集中しているはずです。
その手ごたえのほうが重要なわけで、打率はその結果の判定基準というわけです。
無視できないが、あえてリンクさせないという感覚がなんとなく伝わるでしょうか。

そこから、私は戦略的アクションプランを重視するようにバランススコアカードを利用するときは財務の視点を下位に引き下げるか、もしくは予算管理として別途に考えるべきではないかと思っています。

そのほうがアクションと結果の評価という異質な手続をうまく取り扱えるように思います。

私は会計専門家としての立場から、中小企業の予算管理の難しさについてはずっと問題意識を持っていました。

アクションプランと利益目標を整合しようとすればするほど、全体的にはアンバランスになりがちのように思うのです。ですから、あえて予算管理と戦略的取り組みを別途の枠組みにしてみようと思ったわけです。

これはかなり変則的なバランススコアカードの利用法ですが、実際にやってみるとかなり使い勝手がよいと思います。

詳細はこれから折に触れて書いていきますし、また7月に発行される雑誌にはこの論旨で発表しようと思います。

2010年1月17日日曜日

書評 「ブルー・オーシャン戦略」


W.チャン・キム&レネ・モボルニュ『ブルーオーシャン戦略』講談社、2005年 定価1,995円


数年前の本なのですが、最近、戦略論の書籍を良く取り上げていますので、本書の提唱する有名なブルー・オーシャン戦略について検討してみたいと思います。

現在のように市場が成熟してくると、同じ市場において、同じような商品でライバルと戦うこととなりますが、そうした競争は“消耗戦”となりがちです。
本書ではそのような血みどろの戦いが行われる既存の市場を「レッド・オーシャン(血に赤く染まった海)」と呼びます。

著者たちは、コスト削減差別化等の戦略は、レッド・オーシャンの場合の戦略であると考えています。

それに対してブルー・オーシャンというのは未だ生まれていない未知の市場のことで、それを開拓すれば新たな需要が掘り起こせます。


たとえば有名なパフォーマンス集団であるシルク・ド・ソレイユは、サーカス業界という斜陽産業において、世界中の観客をひきつけるサービスを提供することに成功した事例がブルー・オーシャンです。

シルクが登場する前は、サーカス団は変わり映えのしない演技で縮小傾向にある市場で競争していました。
シルクは、サーカスの楽しさと興奮に加えてパフォーマンスとしての洗練さ、豊かな芸術性を追求してサーカス・ファン以外の普通の大人の観客をひきつけることに成功しました。
それは従来のサーカスの概念とは異なる全く新しい概念だったのです。

また、日本のQBハウスもブルーオーシャンとして紹介されています。QBハウスは「千円カット」で有名になった会社です。
同社は洗髪・肩もみ・予約などのサービスをやめて、カットだけに専念することで従来1時間程度かかっていた散髪時間をわずか10分程度にまで短縮しました。


これは従来全くなかった価値を提供したものであり、斜陽産業である理容業界において同社は急成長を遂げることができました。



著者たちによれば、優れたブルー・オーシャン戦略には、「メリハリ」「高い独自性」「訴求力のあるキャッチフレーズ」という3つの特徴があるといいます。
これらを備えているかが、ブルー・オーシャン構想の成否を推し量る判断基準となるわけです。

このブルー・オーシャン戦略を策定する際には4つの原則に従うべきといいます。

①市場の境界を引きなおす: 代替産業や先進企業に学び、既存市場の枠組みにとらわれずに業界の境界を再検討する。

②木を見ず、森を見る: 大局的見地から戦略を考える。

③新たな需要を掘り起こす: 顧客以外の層に目を向ける。

④正しい順序で戦略を考える: 買い手にとっての効用⇒価格⇒コスト⇒実現手段 という順番で戦略を築いていく。


簡単に書いているので、差別化との違いがよくわからないかもしれません。

ポイントは市場のとらえ方にあるようです。

同一市場におけるポジションの取り方が差別化であり、市場の境界線を引きなおすことで従来の競争関係を全く無効にしてしまうのがブルー・オーシャンというわけです。

初期のころのスターバックスもブルー・オーシャンであると思います。

ポイントはコーヒーを飲む喫茶店というカテゴリーの中で競争するのをやめて、洗練された空間で過ごす憩いのひと時を提供する対価として料金を定めることで、単なる喫茶店と比べるとはるかに高額な価格を設定していることがそれに当たると思います。

しかし、ブルー・オーシャンは永遠には続きません。著者たちは平均して15年程度でその独自なポジションは失われるといいます。

企業経営とはこうして次々と新たな戦略を策定し実行していくプロセスであるということなのでしょう。

ブルー・オーシャン戦略は、1980年代に全盛であったポーターの競争戦略論への批判として提起されたものです。

ポーターは、差別化低価格戦略は両立しないといいますが、ブルー・オーシャンでは両立可能とされています。

実はポーターも一定の段階までは差別化と低価格は両立すると考えているようですので、この論点についてはまた別の機会に考えてみたいと思います。

2010年1月16日土曜日

経営の現状分析-社労士事務所の市場分析の事例

以前に会計事務所の市場規模の推定をやりました。

同じような分析を社労士事務所でやってみましょう。

今度は以前よりもっと簡単にやってみます。

静岡県西部地域の社労士事務所の市場規模は次のように推定されます。

1県西部地域の開業社労士数237名(社労士会HPより)
2社労士の平均収入約600万円(厚労省資料より)

以上から単純に推定すると、市場規模は約14億2千万円になります。

名簿によると県西部地域のうち浜松にいる社労士の比率は4分の3ですから、その点では開業税理士と同じ構造をもつことになります。
そして、会計事務所業界が約120~130億円と推定していましたから、市場規模はほぼ9分の1程度であるとなります。

しかし、上の数字は実感として少なすぎます。おそらく厚労省のサンプルの取り方に誤差が入っていると思われます。

別途資料として、年商別の分布として5千万円以上、3千万円以上、1千万円以上、500万円以上、それ以下の比率がわかりますので、それぞれのグループの平均年商を推定するやり方で計算しなおしてみます。

すると、平均年商は、850万円~1千万円と推定できます。

したがって静岡県西部地域の社労士事務所の市場規模20億円~24億円ということになります。
この結果から会計事務所の市場規模の5分の1から6分の1とみることができます。

専門サービス業はほぼ年商=付加価値ですので、他業界に比べると相当少なめになりがちです。
しかし、それを割り引いても市場が結構小さいことが分かります。

多くの社労士が保険代理店を併設する理由はこうした点にもあるわけです。

パレートの法則(80:20の法則)に当てはめて業界の上位2割ラインを推定すると、年商1500万円、高付加価値事業所のラインは年商4000万円といったところになるでしょう。

その一人当たり粗付加価値をかなり高めの900万円とすると人数4.4人と割り出されます。
そこそこの水準の社員5人以上の体制を組めた社労士事務所は経営的にかなり安定しているであろうと推定されます。


これで市場規模と社員数だけをもとにした業界内生き残りラインの推定事例を2件ご紹介したことになります。

やり方はどの業界についても基本的には同じです。
この程度の情報がわかるだけでも経営方針を決める際には大きな力になります。

2010年1月15日金曜日

企業の土台―生産性のコンセプト

顧客を創造する基本的機能はマーケティングとイノベーションの二つだけです。

しかし、企業にはそれを支える基盤となる生産性の概念が必要となるとドラッカーは指摘します。

顧客の創造という目的を果たすために、企業はさまざまな資源を活用しなくてはなりません。
それを表す概念が生産性なのです。

生産性とは最小限の労力で最大限の産出を得るための、すべての生産要素の組み合わせ意味しています。

古くから知られた生産要素は、ヒト・モノ・カネの3つです。ドラッカーは、その他の重要な生産要素として知識を上げています。
生産性を押し上げようとするときに、最大の上げ幅を期待できるのは知識労働、とりわけマネジメントのはずであるとドラッカーは考えています。

生産性を上げるためには、産出に結び付くあらゆる要素を考慮に入れて、それらを成果との関係で表すことが必要といいます。
ですから、知識のほかにも時間、製品の組み合わせ、業務プロセスの組み合わせ等にも影響されます。

こうした生産性に関連する考えとして、ドラッカーはコスト管理の重要性を指摘します。

昨年の当社のセミナーのテーマであったコスト管理の要諦は最小のコストで最大の成果を上げることがポイントでした。
これは元をたどるとドラッカーの生産性の概念に由来するものなのです。

生産性は組織の作り方やさまざまな事業活動のバランスによって大きく影響を受けます。
ですから細かく気を配ったマネジメントが必要ですし、それでも完璧な成果をあげることは難しいでしょう。

通常、仕事において意識されている生産性というものは可能性としての生産性と比べると相当低い水準にとどまっていると考えなければならのです。

黒字中小企業の従業員一人当たりの付加価値が850万程度にすぎないのに、任天堂は1億7千万円にもなります。

コストと成果の関係性からいえば約20倍です。生産性とはこれほどの大差がつくものなのです。

2010年1月14日木曜日

企業の基本的機能―イノベーション

ドラッカーの主張する企業の基本的機能の二つ目がイノベーションです。

ドラッカーはマーケティングだけでは企業としての成功はないといいます。

そもそも企業が存在することができるのは成長する経済においてです。
少なくとも、変化を当然とする経済でなければならないわけです。

ですからドラッカーは企業を成長と変化のための機関として位置付けます。
そして、イノベーションとは新しい満足を生み出す活動と考えます。
ドラッカーはイノベーションに関して次のように述べています。

企業そのものは、より大きくなる必要はないが、常によりよくならなければならない。
‥‥イノベーションの結果もたらされるものは、よりよい製品、より多くの便利さ、より大きな欲求の満足である。
   (『エッセンシャル マネジメント』p.18)

ここで誤解しやすいのは、イノベーションというものが何らかの高度な技術や発明に関するものと思ってしまうことです。
イノベーションというのは経済や社会に変化をもたらすものです。

ドラッカーはわかりやすい例として次のような話を上げています。

既存の製品の新しい用途を見つけることもイノベーションである。イヌイット(エスキモー)に対して凍結防止のためとして冷蔵庫を売ることは、新しい工程の開発や新しい製品の発明に劣らないイノベーションである。

それは新しい市場を開拓することである。凍結防止用という新しい製品を創造することである。
技術的には既存の製品があるだけである。だが経済的には、イノベーションが行われている。
        (『エッセンシャル マネジメント』p.18)

そしてこのイノベーションもマーケティングと同じように企業の全活動に及ぶものと見なければならないといいます。
単に研究開発部門が行う部分的な職能ではないのです。

イノベーションは、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことでもあるのです。

つまり、会社全体で神経を集中させて社会のニーズ事業機会としてとらえる活動がイノベーションになります。

ドラッカーは、マーケティングとイノベーションだけが企業に顧客の創造という成果をもたらすものであると指摘しています。

イノベーションがないということは、社会が変化しているにもかかわらず会社が変化していないことを示しています。
このような会社が長期的に存続できないのは当然と言えるでしょう。

2010年1月13日水曜日

企業の基本的機能-マーケティング

ドラッカーが主張する企業の基本機能の一つ目はマーケティングです。

マーケティングの大家・コトラーもドラッカーこそが現代的マーケティングの提唱者であると述べています。

販売とマーケティングは逆である。‥‥もちろんなんらかの販売は必要である。だが、マーケティングの理想は販売を不要にすることである。
マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。
             (『エッセンシャル マネジメント』p.17)

販売とマーケティングが違うものであることを主張したことは画期的であったと思います。
販売とは、現にある製品・サービスを売ることであり、プロダクト・アウト(製品の視点)の発想であると思います。

一方、マーケティングについてドラッカーは次のようにも述べています。

真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち、顧客の現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。
              (『エッセンシャル マネジメント』p.17)

このようにドラッカーは顧客の視点でマーケティングをとらえています。いわゆるマーケット・インの発想です。        

このような意味でのマーケティングこそが、企業の目的=顧客の創造のために必要とされると考えられています。

マーケティングの究極の理想「おのずから売れる」ようにするためには顧客を知り、その視点から製品・サービスを作り、その価値を適切に顧客に伝達する。
このような意味でのマーケティングは営業担当の部署だけが行うものではなく、全社的に一貫性をもった活動として行われる必要があるということです。

販売とマーケティングの混同には特に注意が必要です。

2010年1月12日火曜日

企業の目的-「顧客の創造」

雑誌執筆中でもありますから、しばらくドラッカーの基本思想を抑えていこうと思います。

まず、もっとも有名な言葉からです。

企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客を創造することである。
                (『エッセンシャル マネジメント』p.15)

企業の目的というと「利益」と思いがちなところです。それまで当たり前であったこの考えを真っ向から否定したところからドラッカー経営は始ります。

ドラッカーは、現代社会は組織によって形成されており、人間が社会に対して何らかの働きかけを行うことができるのは組織を通じてのみであると考えました。

そして、その組織が長期的に存在していくことができるためには「顧客を創造」することが不可欠であると考えたのです。
ドラッカーは決して利益を否定しているわけではありません。

利益は、個々の企業にとっても、社会にとっても必要なものである。しかし、それは企業や企業活動にとって、目的ではなく条件である。
企業活動や企業の意思決定にとって、原因や理由や根拠ではなく、その妥当性の判定基準となるものである。
 (『エッセンシャル マネジメント』p.14)

利益を上げなければ企業は存続できません。そういう意味では「条件」なのです。

さて、企業の目的は顧客の創造ですから、顧客に注目しなければなりません。
企業とは何かを決めるのは顧客なのです。

そこで、企業にとって基本的な機能は顧客の創造にかかわるたった二つのものに絞られるといいます。
それがマーケティングイノベーションです。

企業に成果をもたらすのはマーケティングとイノベーションの二つだけであるとドラッカーは断言しています。

私がバランススコアカードの最上位の行動目標を財務の視点ではなく、マーケティングとイノベーションに入れ替えたのはドラッカーの上記の言葉が理由です。

ところで、「顧客の創造」という場合、お客さんを一人一人増やしていくという他に、お客さんに新しい商品を買ってもらうという意味もあります。さらに、お客さんはどの企業でも二種類以上います。

例えば、家庭用洗剤には最終消費者の他にその商品を店で売ってくれる小売業者という二種類のお客がいます。最終消費者の一歩手前にいてその最終消費者に影響を与える企業や個人はお客とみるべきなのです。

2010年1月11日月曜日

原稿執筆―BSCとISOの融合事例について

私は論文や雑誌の執筆の機会があればなるべく書くようにしています。

現在はバランススコアカードとISOに融合活用について事例を2本書いてもらいたいという執筆依頼を受けています。
締め切りが来月なので、あわただしく内容を組み立てています。

ISOはほとんどの方は知っているでしょうが、バランススコアカード(BSC)は知らない方もいるかとおもいますので簡単に説明します。

BSCというのは、売上高とか経常利益とかいった財務的な指標だけを目標にしないで、そこに至るまでの流れを可視化し、指標を設定してマネジメントしようという考え方です。

ちなみに、財務のほかに、顧客業務プロセス学習と成長 という3つの視点を付け加えることが標準的です。

財務以外の指標を活用すべしというのは実はドラッカーが提唱したことなのです。
ですから、BSCのアイディアはドラッカーに由来すると言われています。少なくともドラッカーはそう考えていたようです。

私はドラッカー経営を標榜していますので、このBSCをドラッカー経営と融合させることをずっと目論んで検討してきましたが、大筋の考えがまとまってきていました。
ですから今回の雑誌のテーマは渡りに船といったところでした。

当社ではBSCの財務、顧客、業務プロセス、学習と成長という4つのプロセスを全く入れ替えてしまったのです。
オリジナルな視点がいけないわけではないのですが、不確実性の増した環境における戦略実行のツールとしては、いまひとつしっくりとこないように思われるのです。
特に新市場や新規事業に対応しにくいと思うのです。

また、ドラッカー経営の枠組みと矛盾するので修正が必要になったわけです。
そこで、視点を修正したわけです。

私が考えた新たな視点とは、戦略的要因、業務プロセス、ヒトと組織能力、財務条件 という4つです。

特に財務の視点が最後に来ているところが独特であると思います。

まず、この順番にした大きな理由はドラッカーの提唱する、「企業の目的は顧客の創造である」という考え方にあります。

ドラッカーのよれば企業の目的(顧客の創造)を実現する唯一の手段はマーケティングイノベーションとされています。
私はそれをまとめて戦略的要因としたわけです。

さらに「利益は目的ではなく条件である」という命題を基にして財務条件という視点を設定し、それを一番下に持ってきました。

この形式はかなり細かい検討を経て生み出されたものですが、かなり使いやすいと思っています。

まず、市場環境が不確実な時代においては売り上げや利益は最終目標にふさわしくありません。特に、その原因をさかのぼって想定することは中途で多くの修正が必要となるように思います。

ですから、あくまで財務は行動する際に心に留めておく「条件」としてとらえるドラッカー的な仮定がいいとおもうのです。

最終的にはどれだけ戦略的に大きな手を打つかが重要なのでそれを戦略的要因としました。

ドラッカー経営のフレームワークに、当社が組み立てた視点によるBSCをISOのマネジメントシステムでコントロールする方法を導入したことは、これまで全く提起されたことがないと思います。

雑誌が店頭に並ぶのは7月になると思いますが、そのころにはもっと洗練されたフレームワークに仕上がっていると思います。

このフレームワークについてはときどき触れていきたいと思います。

2010年1月10日日曜日

経営の現状分析 -会計事務所の市場分析の事例

業界分析の具体例です。対象は会計事務所業界です。
当社の主要事業であるので当然分析しております。

中小企業の場合、かなりニッチな市場で闘うわけですが、こうした個別業界の特定地域の情報は適切な統計値が得られにくいでしょう。
ここで活躍するのが前にご紹介したフェルミ推定です。


では、当社が静岡県西部地域の会計事務所業界をどのように分析しているかご紹介します。

数字も実際の検討より大まかにしています。

まず基礎情報を集めます。

1県西部地域の税理士数は約650人(税理士会のHPで確認)
2県西部地域の人口は約130万人(統計より)
3会計事務所業界の市場規模は日本全体で約1兆円強(業界向け広告より)
4会計事務所事務所の平均年商約2700万円(統計より)
5県西部地域の事業所総数約4万(各市町村の統計資料を合算)

他の情報として

・人口・税理士数ともに県西部地域中、4分の3が浜松に集中している
・税理士のうち約15%は勤務税理士である
・80%以上の事務所は従業員数4人未満である

実際には、さらに細かい情報もありますがフェルミ推定はいくつかのルートから単純に推計していく方が実用的です。

以下、3つのルートからの推定根拠と結論です。


1 日本の人口と県西部人口の比率(約100:1.08)から、県西部の市場規模は約110億円と推定


2 開業税理士数(約550名と推定)と平均年商(無回答アンケート分の誤差があるとみて約2400万円と推定)から市場規模は約130億円と推定


3 事業所総数のうち会計事務所の関与しない零細規模を除外し、規模別に平均的な年間顧問報酬を割り出し、それを合算したところ市場規模は約120億円と推定。



このように3つのルートを使って市場規模を割り出した結果と私の実感による調整を加えて、静岡県西部地域の会計事務所の市場規模は約120~130億円であると推定しました。


次にこの市場においてどのような地位を得る必要があるかをパレートの法則(80:20の法則)等を利用しながら定性的判断を加えて推定します。以下、詳細の数値は非公表とさせていただきます。

その結果、会計事務所がある程度安定経営する条件は下記のとおりと割り出しました。

1 開業税理士550名の上位20%の110名まで
2 売上高上位20%以内に入る売上高●●千万円以上
3 職員数上位20%以内に入る規模は5名以上

当社ではこれを業界における経営の臨界点として常に意識しています。

もちろんより上位にいけばいくほど経営が安定するわけです。
逆に下に行けば行くほど限界的存在に近くなります。

ざっくりとした統計資料や情報しかなくても、このようにある程度具体的な数値による目標設定が可能なことがお分かりになるかと思います。

会計事務所の場合、少人数でも高収益のところもありますのでそれは独自の強み(ノウハウ・流通チャネル等)を持っているからといえますが、ここでの議論とは別の話になります。

会計事務所を例にとって分析してみましたが、業界は違えど上記のような手順を踏んで具体的な数値を割り出すと業界内における自社のポジションがある程度わかります。

もっとも、当社ではこの業界をレッドオーシャンと見ていますので、ブルーオーシャンを目指して動いています。当社のブルーオーシャン戦略についてはまた機会を改めて説明します。

どの業界も高収益企業の「座席数」はある程度限られています。「あそこは強いな」と思う企業の数を数え上げていくと市場における「残りの座席」の数がわかるでしょう。

中小企業の場合、大手企業同士の競争にくれべれば座席の数が多いため、ついつい残り座席を気にしなくなりがちなので、一度検討してみたらいかがでしょうか。

2010年1月9日土曜日

経営の現状分析 -総論

戦略を考える前提として、自社の現状について把握する必要があります。


自社の現状分析にはツールとしてSWOT分析が使われることが多いようです。

しかし、このSWOT分析を使いこなすのはなかなか難しいと思います。

SWOTとは強み(Strength)、弱み(Weekness)、機会(Oppotunity)、脅威(Threat)の頭文字のことです。

これを縦横2マスずつの表にして、自社の状況に合わせて書き込んでいくというものです。(ブログに図表を差し込めないので文章だけの説明で恐縮です)

この表を埋めていくのはなかなか大変です。どうやって埋めていいかわからないという話も聞きます。
大汗をかいて作成したところ、同業者と似たり寄ったりの表になってしまったという場合も多いでしょう。

まず、強み、弱み、機会、脅威というのは主観によって違ってきます。
強みと弱みは裏腹の関係です。
またピンチは人によってはチャンスでしょう。

ですからSWOT分析の内容を記入する段階では、すでに判断が終わっている必要があるわけです。

これがSWOT分析が難しい理由です。
しかし、何の書式もないよりはいいかもしれません。


ドラッカーは現状を考える場合、強みと機会の組み合わせだけに注目すればよいと指摘しています。
弱みは無視しろとまでいっています。

あれこれ瑣末なことを事前に考えて行動に移ることを遅らせるよりは

 ①自社の現在と将来の強みを明らかにする

 ②自社の強みを投入すべき機会を明らかにする

の二段階程度で考えれば十分ということでしょう。
このほうが簡単なので当社ではこのやり方をしています。

とりあえず上の二つを決めて、実際にマネジメントしていく中でどんどん修正をかければよいという考え方です。

さて、話を戻して自社の強みを機会に投入して業界内でのポジションを確保するために、まず最低限必要な分析を考えてみたいと思います。

単純に言い切ってしまうと規模(人数)もしくは売上高において業界内の上位20%に入っている企業は経営が安定しやすいので、まずそれを割り出そうということです。

これはパレートの法則という有名な基準に基づくものです。

もともとは人口の上位20%が富の80%を所有しているということをいうものだったのですが、この比率がいろいろな場合にも当てはまるので便利に使われているのです。

この基準に基づく場合、「同業者の平均並み」であることは「負け組」に入っていることと同じ意味になります。

下位80%は負け組というわけです。

ただし、同業者と比べて明らかに違った特徴があれば話は別です。他者がマネできないビジネスを展開していれば小さくても高収益企業は実現できるでしょう。
しかし、ここではその話は置いておきます。

その場合でも、零細規模(10人以下 *サービス・飲食5人以下)は脱することは必要であると思います。

「これが普通かな?」と思える数字の2~5割増しの数値を意識しておかないと、いつのまにか「負け組」に入ってしまっている可能性があるでしょう。

そのため業界の現状を数値によって明らかにし、それを意識した戦略的目標(中期・短期)を考える必要があります。

これだけでは良くわかないと思いますので、次回は当社の事業の一つである会計事務所というビジネスを例にして実際に業界分析をしてみましょう。

2010年1月8日金曜日

このブログの趣旨

年初なので少しこのブログの基本に戻ろうと思います。


このブログは当社の公式ブログであり、次の3つの目的があります。

1 情報発信目的


2 研究開発目的


3 社内研修目的



当社はドラッカー経営を標榜しているわけですが、ドラッカーの本に書いてあることを、そのまま鵜のみにして実行しようと考えているわけではありません。

もちろんドラッカー理論がベースなので、行間を読みこむような作業をやりますが、そこから得た原則をその他の多くの書籍や事例と照らし合わせ、それに修正を加えるという作業をずっと続けているわけです。



司馬遼太郎の『坂の上の雲』の中で、連合艦隊の作戦を一人で考え出した天才戦略家の秋山真之が、米国留学で著名な戦略家のマハンを訪ねて教えを乞う場面があります。

そこでマハンは真之に次のように教えています。

「‥‥それから得た知識を分解し、自分で編成しなおし、自分で自分なりの原理原則をうちたてることです。自分でたてた原理原則のみが応用のきくものであり、他人から学んだだけではつまりません。」

秋山真之は、その天才的な戦略能力を買われて海軍大学校の初代戦術教官に選ばれるのですが、彼は生徒に次のように教えます。

「あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理、諸原則はおのずから引き出されてくる。みなが個々に自分の戦術を打ち立てよ。戦術は借り物ではいざというときに応用がきかない。」

これは海軍戦略の話ですが経営戦略に通じる部分があると思います。



ドラッカー経営を標榜していても、それを丸暗記するだけでは応用できませんので、良書をドラッカーの視点と対比しながら読むという研究開発活動を行っているわけです。

経営戦略というとSWOT分析とか、ファイブ・フォースとか、BSC(バランススコアカード)とかのフォーマットを大汗かきながら埋めていくという研修がよくあります。

私はそういったやり方から生み出される経営戦略のうち、優れたものがさほどないように思うのです。

マハンや秋山真之の言うように、その枠組みが自分のものではなくて借り物でしかないところが問題であるように思うのです。

フォーマットを埋めることが目的となってしまい、良い経営戦略を作成するという本来の目的が見失われがちになると言うことです。

そういうわけで、ドラッカーの思想をベースとして多様な事例や本を検討していくという作業をこのブログを通じて行っているわけです。

現在、ドラッカー理論をベースとしてBSCとISOを柔軟に実行するためにフォーマットを検討中です。

それは会社の考えを尊重してフォーマット自体を組み替えることができるものにしようと思っています。
実行は簡単に、理論的には厳密にと考えているので結構苦労しています。

これからそのあたりの話や関連する話をいろいろ書いていきます。

当面は話があれこれ飛ぶかもしれませんが、この内容はほぼ半年後にとある有名雑誌に掲載される予定です。

しばらくは読みにくい内容になるかもしれませんが、我慢してお付き合いください。

2010年1月7日木曜日

書評 「異業種競争戦略」 ②

昨日の続きです。

事業連鎖を5つの視点で見ることが業界の変化を知る上で有益なことがおわかりになったと思います。

次は、その変化にどう対応するかを考える必要があります。
内田氏は、そのためにはビジネス・モデルを押さえることが大切と指摘します。

ビジネスモデルは
①顧客に提供する価値
②儲けの仕組み
③競争優位性の持続
の3つの要素で構成されるそうです。

中古車買取り業のガリバーインターナショナルを例に取って見てみます。

従来、中古車販売店は車を売りたい人には入りにくいところでした。売る側はしろうとであり、買うお店はプロであるので価格が不透明になりがちでした。

ガリバーは、客から買い取った車を他の中古車販売業者に売るという新しいビジネスモデルを作りました。
明確な査定法を確立したため透明性が高く、顧客が安心でき売り上げが急伸しました。

ガリバーのビジネス・モデルを3つの要素で分析すると次のようになります。

①顧客に提供する価値
透明度の高い価格づけ、査定方法。市場価格での高額買取。

②儲けの仕組み
中古車販売業者に売却した価格と買い取り価格との差額。

③競争優位性
価格査定は本部のみで行う。現場はチェックだけを行い、チェック項目を本部に送る。これによってベテラン査定員は本部のみにいればよく、本部の査定能力も高まり全国展開も容易になる。


ガリバーのビジネス・モデルは従来型の中古車業にとっては非常にやりにくいでしょう。
上記の3つの要素がいずれも違っているからです。

内田氏は、ほとんどの異業種格闘技は3つの要素のうち1つだけを変えて争っているといいます。

そして、この戦いに勝つために大事なのはライバルの儲けの仕組みを知っておくことだそうです。
異なる世界の者同士は全くコスト構造が異なるため、その違いを強みに変えて競争に生かすことが必要になるわけですね。

また、3つの要素を分析しておけばライバルがどのように仕掛けてくるかが予測できるわけです。

さらに事業目的の違いも意識しなければならないといいます。
目的が異なれば戦い方も違ってくるわけです。

たとえばマイクロソフト社はソフトを売ることが事業目的です。
ところがグーグルは似たようなサービスを無料で行っているのです。
それはグーグルの目的が検索と広告をセットにして売るからできることなのです。

このように目的が違えば戦いが違ってくるのです。

内田氏の著書について2回に分けて見てきました。そこで例によってドラッカーの視点から少し検討してみます。
ドラッカー企業の使命(ミッション)を考える場合には「顧客は何を買うか」を考えることが重要であると指摘しています。

そして、自動車業界を例としてあげて、富裕層がリンカーン・コンチネンタルを購入するのは移動手段を買っているのか、ステータスを買っているのかという視点で考えることを上げています。

ステータスの購入という視点からみるとミンクやダイヤモンドがライバルになるわけです。

現在からみるとステータスの象徴が移ろいやすいものであることがよくわかりますね。
時代に合わせて常に事業の再定義が必要になるということです。

本書は現在の経営状況について書かれたものですが、考え方の底流でドラッカー理論を継承していることが分かります。

当社がドラッカー経営という場合、この底流の考え方を重んじてます。

ドラッカー理論をベースに現代の経営書を読み解くと、経営を総合的に考えることができるので実際に経営現場に活用しやすくなるわけです。

2010年1月6日水曜日

書評 「異業種競争戦略」 ①


内田和成『異業種競争戦略』日経新聞社、2009年  定価1,785円


内田和成氏は元ボストン・コンサルティング・グループの日本代表で、現在は早稲田大大学院教授です。

近年では業界の境界線を越えた顧客の奪い合いが激化しています。
内田氏はこうした異業種間の競争に対処する戦略的方向性を示しています。

本書は大変興味深い内容なので2回に分けて検討したいと思います。


従来の市場に全く異質な企業が入り込んで市場をかき回す状況を、内田氏は「異業種格闘技」と呼びます。
異業種格闘技の定義は、①異なる事業構造を持つ企業が ②異なるルールで ③同じ顧客や市場を奪い合う競争 というものです。

異業種格闘技が増えたのは、経済が成熟化したため企業の成長には新規事業をやるか新市場に進出するしかなくなったためです。
こうした状況を分析するためには「事業連鎖」「ビジネスモデル」の2つの視点がカギになるといいます。

まず、事業連鎖とは原材料・部品の調達から消費者に至るまでの大きな価値連鎖(バリューチェーン)のことです。

自社だけではなく、川上から川下に至るまでのすべての事業連鎖に目を向けると異業種格闘技がどこで起きるか、どんな競争相手が現れるかを知ることができます。


カメラ業界を例にとって説明します。

カメラに最初に起きた変化は「使い捨てカメラ」の登場です。
これによってフィルムとカメラが一体化しました。つまりフィルム会社とカメラ・メーカーの異業種間競争が始まったわけです。

次に、現像と焼き付けを同時にできる「ミニラボ」の登場です。
従来までの「取次店→現像所→取次店」という3段階のプロセスが、「ミニラボのある店」という1段階で済むようになりました。

最後に「デジタルカメラ」の登場です。
フィルムがメモリーカードに代わり現像の必要がなくなり、焼き付けも自宅のプリンターでできるようになりました。


ほぼ並行して携帯電話で写真を撮ることが当たり前となり、コメントを付けることも当たり前になりました。


以上がここ20年で起きたカメラをめぐる変化ですが、事業連鎖からみて5つの視点で分析できるといいます。

1 置き換え 
置き換える側の企業はチャンスで、換えられる企業は一大事。例:フィルムとメモリーカードの置き換え

2 省略
省略が起きるとそこで稼いでいた企業が従来のビジネスを続けるのが困難。例:現像の省略

3 束ねる
2つ以上の機能が1つに束ねられる。束ねられる機能で稼いでいた企業はピンチ。例:現像所がミニラボのある店に束ねられた。

4 選択肢の広がり
従来1つしかなかった機能がいくつにも分かれる。例:写真をPCやテレビで見たりウェブに乗せたりできるようになった。

5 追加
新しい機能の追加。例:画像データをメールで送ることができるようになった。


これら5つの視点を使えば業界に今起きている変化やこれから起きる変化を見極めることができるといいます。

事業連鎖が重要なのは、自社を超えた広い視点で業界を見ないと足元をすくわれる可能性があるからでしょう。

また事業連鎖を意識することはドラッカー経営においては「顧客が何に対価を払っているか」を知ることにもつながります。

顧客はカメラやフィルムや現像サービスを購入しているわけではなく、画像を楽しむという価値を買っていることに気づく必要があるということでしょう。

2010年1月5日火曜日

書評 「マイケル・ポーターと柳井正氏の対談」

日経ビジネス1月4日号に、経営戦略論の大御所マイケル・ポーターとファーストリテーリング(ユニクロ)の柳井正社長の対談が特集されていました。


この対談はファーストリテーリングがマイケル・ポーター賞を受賞した記念に行われたものです。

以下、対談の概要です。

ポ)世界の産業の70%はサービス業だが日本は立ち遅れている。しかし、変化し始めている。


ポ)ユニクロはアパレルという「平凡な分野」で革新を起こした。


柳)日本はサービスコミュニケーション分野が得意と自負しているが実は苦手だ。しかしグローバル戦略にこの二つは必須だ。


ポ)日本のサービス業は内輪の論理では優れているが国際市場で通じない。


柳)日本は無料サービスばかりで収益化できていない。効率性も問題だ。


ポ)成功したい企業は他社と明らかに違うことをしなければならない。同じことを多少良くする程度ではだめ。


柳)アパレル産業効率的でない。


ポ)ユニクロは日本市場の独特の傾向に合わせつつ、世界中に評価される「価値」を提供できた。


柳)日本企業は世界で名前を知られていない。マーケティング能力が低い。


ポ)需要の成長は日本や欧米ではもう起きない。また新興国は金がないので多機能な高額商品ニーズは低い。全く新しい視点で一から商品を造り直し、違った方法で競争する必要がある。


ポ)先進国の企業は新興国の富裕層相手に成功している。しかし規模は小さい。巨大な事業機会中間層・低所得層にある。


柳)全ての顧客を満足させるたった一つの戦略はない。ニーズは千差万別。誰が真の顧客か、自分はどんな価値を提供できるのかを見極め、そこから逸脱しないこと。


柳)国籍はどうでもよいが企業のDNAは大事。つまり企業文化


ポ)国籍は大事だ。企業はどこで誕生したかが成功の源である場合が多い。


柳)日本の弱みといわれる物は反対からみると強みだ。例えば終身雇用とロイヤリティの関係。


ポ)弱みを強みに変えるという発想は重要。それこそがビジネス。
良い戦略だけでは足りない。実行が伴わないと意味がない。
素晴らしい会社には特有の個性がある。綿々と受け継がれてきたものを価値として定義し、普遍的で説得力のあるものに変えている。


ポ)優秀なリーダーを輩出する企業は、極めて規律の厳しい教育訓練を行っている点で共通する。
また早い段階で若手社員にリーダーの役割を果たす機会を与えている。


ポ)リーダーシップの究極の姿はリスクをとり大局的に考えること


柳)CSR(社会的責任)は重要


ポ)今後、10年20年は戦略的CSRが最も重要な新展開となるだろう。社会的問題に対して解決策を提示する立場になることが重要。

といった感じです。

言葉の端々に両者の哲学が垣間見えて興味深い対談でした。

主にユニクロもしくは大手企業のグローバル経済への対応がテーマですが、中小企業にとっても示唆に富む部分もありました。



2010年1月4日月曜日

書評 「選ばれるプロフェッショナル」

シース=ソーベル『選ばれるプロフェッショナル』英治出版、2009年 税込2100円


本書は自身がプロフェッショナルであると思う人にとっては必読書であると思います。
私もプロフェッショナルのはしくれと思っていますから興味深く読みました。


ドラッカー経営の観点からいうと、特に本書で重視されている統合力の説明に非常に感銘を受けました。


著者たちはプロフェショナルの問題解決能力の本質は「統合力」にあるといいます。そしてエキスパートであるよりゼネラリストこそが上級のプロフェッショナルであると断言しています。


私は統合力に注目した最初の人物はドラッカーではないかと考えています。


彼は、分析するだけではなく、再度目的や目指す成果に照らし合わせて統合することがとても重要であると指摘しているのです。

ドラッカーはこの統合力の重要性についてさまざまな著書で再論しています。



また、この統合力についてはコア・コンピタンス経営の著者であるハメル&プラハラードも指摘しています。

彼らはコア・コンピタンスを生み出す知恵はゼネラリストのものであると述べているのです。


本書と同様の視点であると言えるでしょう。


本書は専門家が勘違いしてはならないのは、「専門知識の量が多い=専門家」ではないと主張しています。

それではエキスパートにすぎないというわけです。エキスパートは過去にあった問題を解決することはできますが、新たな問題は解決するのが苦手ということになります。


現代では先端の専門知識といえども数年以内に陳腐化します。では何が重要かというと専門知識を生かしきる「統合力」であるということになるわけです。


単なる専門家はエキスパートに過ぎず、高い問題解決力を有するのはゼネラリストであるというわけです。

確かに最近ではネットやデータベースでそれまで専門家が独占していた知識が簡単に入手可能になっています。
本書によって日常業務を通じてうすうす感じていたことをはっきり教えてもらったように思います。


他分野の知識を統合するためには非常に多面的な知識が必要です。

一見何の役にも立たなさそうなことを熱心にやっているとそれが生きるかもしれないというわけです。
本書でも、文学部や芸術系の学校出身でありながたビジネスシーンにおいて一流のプロフェッショナルとなった人が意外と多い点が指摘されています。


私はドラッカーの大きな貢献の一つが統合力に注目したことであると思っていますが、本書はその統合力をより具体的に説明しているため非常に有益なものであると思います。

説明が短すぎてよくわからなかったかもしれませんが、今後、折に触れて統合力について検討していきたいと思います。

2010年1月3日日曜日

書評 「ドラッカーと経営 09年 逆境を超えて (下)」

日経新聞経済教室12月31日の「ドラッカーと経営 09年 逆境を超えて」の二日目の論考は経済評論家の田中直毅氏によるものでした。

論旨は以下の通りです。


リーマンショック前の生産水準に回復することは容易ではない。


企業は時代を見据えた製品やサービスを的確に市場に送り出せるのかという課題と真正面から向かわざるを得なくなった。


ドラッカーは日本が工業社会化に成功したがゆえに知識社会への取り組みが遅れると予測していたが、経済低迷でその遅れが倍加した。


知識社会には高い専門性を持つ人材の選択と評価とが欠かせない。これからは企業内における「プロ」の存在が決定的に重要になる。


そのうえで顧客本位の視点での製品・サービスの設計、企業内制度の見直し、経営資源の絞り込みといったことが求められる。


といった内容でした。



特に知識社会へ移行するために個人がやるべきこと、企業がやるべきこと、社会全体が取り組むべきことをそれぞれ提示している点は良かったと思います。

二日間の論考を比較すると、田中氏の論考のほうがよりドラッカーを咀嚼しているように思われました。

現状を分析し、ドラッカー的視点でもって再統合を図っている点はいかにも「ドラッカー経営的」であると思いました。

昨年はドラッカー生誕100年という意味もありドラッカーが注目されましたが、これだけ景気が低迷してくるとマネジメントの責任が大きくなります。

その指針としてのドラッカーは本年のほうがより注目されてくると思います。

書評 「ドラッカーと経営 09年 逆境を超えて (上)」

新年おめでとうございます。

日経新聞の年末最後の二日間の経済教室のテーマは「ドラッカーと経営 09年 逆境を超えて」でした。

最後の締めくくりにドラッカーが特集されている点が印象的でした。

初日の30日は神戸大学教授の加護野忠男氏です。

その論旨は以下の通りです。

経営環境の悪化で上場企業の経営者は熱心に利益を追求せざるを得なくなったが利益は蜃気楼のようなものである。


良いことをすれば利益は後からついてくるという基本をドラッカーを読み直して学ぶべきである。


利益は目的ではなく制約条件でしかない。企業の目的は顧客の創造であるとドラッカーは述べている。


成長機会は見つけるのではなく自ら作り出すよう肝に銘じるべきである。

とまあ、ざっとこのような内容でした。

ドラッカー経営の基本中の基本を確認するといった意味になると思います。

ただし、加護野氏は「企業の目的の定義が一つしかない。顧客の創造である。」という点については議論の余地があると考えているようです。

しかし、ドラッカーはその下位の目標については8つの目標を設定しています。それらの目標を集約する最終方針が「顧客の創造」というわけです。



最近読み直してみた司馬遼太郎の『坂の上の雲』にも、「海戦において二つの目的を設定してはならない、日本海海戦における日本の戦略目的は明瞭であった」といった意味のことが書かれていました。


私はドラッカーが組織の目的を単一化し、ブラさなかったことのほうが利点は大きいと考えています。