チーム制と各人の責任の明確化は徐々に成果を上げていった。
みなみは、各人の仕事が組織(野球部)の成果に結び付いていることを実感させるために情報のフィードバックを欠かさなかった。
例えばロードワークならば成績の推移を記録し、グラフ化して渡すようにした。チームの成績もそうだし各部員の成績についてもそうした。
成果についての情報を積極的に与えることで彼らの責任をより明確にさせた。
それに付随して勉強会も開催した。どうすれば成果を上げることができるか考えさせた。
こうした取り組みが成果を上げ出し、みなみはマネジメントを次のステップに進ませることを決意した。
「マーケティングだけでは企業としての成功はない。‥‥したがって企業の第二の機能はイノベーションすなわち新しい満足を生み出すことである。」
イノベーションこそみなみが次に取り組む課題であった。
「イノベーションとは科学や技術そのものではなく価値である。組織の中ではなく組織の外にもたらす変化である。イノベーションの尺度は外の世界への影響である。」
「イノベーションの戦略は既存のものはすべて陳腐化すると仮定する。」
頭の切れる後輩マネジャーの文乃は、高校野球においてすでに陳腐化しているものは「送りバント」と「ボール球を打たせる投球術」であると考えた。
この二つの常識的戦術を捨てることで野球部にイノベーションを起こすことを提案し、加地監督に了承を得た。
「送りバント」は打高投低の著しい現代野球にそぐわなくなっていると考えた。
「ボール球を打たせる投球術」は投球の切れや勢いを失わせるため投手の伸び悩みを招いていた。
この作戦は『ノーバント・ノーボール作戦』と名付けられた。
高校野球のイノベーションのあり方がこうなるとは思いもよりませんでした。イノベーションの意味が非常に分かりやすく伝えられていると思います。
どのような仕事であっても常識を疑って今までのやり方がすでに時代遅れになっていないか検討しなければいけないということです。
私は昔の感覚しかもっていなかったので、現代野球が打高投低になっているのは知っていましたが、そこから「ノーバント・ノーボール作戦」が導かれるとは考えもしませんでした。
ドラッカーの原則を普段から意識している人間でも、刷り込まれた常識の問題点にはなかなか気がつかないものです。
話は跳びますが、幕末ドラマで尊王攘夷(天皇を尊び外国船を打ち払って鎖国する)が当時の常識であったことが思い起こされました。現代からみれば全く無意味な考え方ですが、当時の人の大多数はそれが当たり前でしたので数々の悲劇が起きたわけですね。
固定観念の問題は人間社会の永遠の課題なのかも知れません。
(つづく)